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りゃくだつせられたるおとこ

掠奪せられたる男

豊島 与志雄

「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页

青空文庫

彼女の前には池の鯉がぼちゃりと水面にはねていた。

セメンの灰汁のぬけきるかきらないうちに、秀子は池に一杯竜金を放った。山田はそれを見て、その池には鯉の方がよくつくだろうと云ったことがある。するといつのまにか、池の竜金は美事な変り鯉に代ってしまっていた。秀子は得意そうに山田を顧みながら云った。「池には何よりも鯉が一番だわ。伸び伸びしててそして活溌だわ。それに可愛いいひげを口許にはやしたりなんかして。夜ねてて鯉の飛ぶ水音をきいていると、それは何とも云えないいい気持ちよ。あなた聞いたことがあって?……あらないの、お気の毒ね。見てごらんなさいな、随分念を入れて変りのいいのを集めたのよ。でも今年はいいのが大変少いんですって。去年の出水で流されてしまったのよ。あれだけ集めるにも余程骨が折れたって金魚屋は云っていたわ。」

山田はもう、自分の説をいつのまにか横取りしてしまっている彼女に抗議を持ち出すだけの勇気もなかった。彼女は素知らぬ風をして、池の鯉を見ながら足をばたばたやっていた。その度毎になだらかな肩の線がくずれて、一重の浴衣越しにぽつりと脹らんだ乳房の曲線が見えた。