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りゃくだつせられたるおとこ

掠奪せられたる男

豊島 与志雄

「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页

青空文庫

息をついては吹き来る南の烈風が彼の頭髪を乱し、彼の着物の裾をまくった。然し彼にはそれも結局快った。彼は自分の頽廃しきった頭脳を何物かに向ってぶっつけたくなっていた。そしてぼんやり歩いていると、ふいに誰かが自分を呼び止めた。眼を挙げると、二階の縁側に秀子が立っていた。彼は我知らず彼女の家の前まで来ていたのであった。

秀子は晴れやかな笑みを浮べて、彼を家の中に引き入れてしまった。

「私屹度あなたが被入ると思って、二階から見張りをしていたのよ。」

山田はただ口をもぐもぐさした。

「いい気持ちね、こんな日は、頭の中のくさくさしたものが吹き払われるようで。」

そう云いながら秀子はお茶をいれて、戸棚からカステイラの箱を取り出したりなんかした。

風は益々激しくなってきた。そして、やがて沛然たる驟雨が伴って来た。雨戸は半ば閉められて、家の中は薄暗かった。ざーァと吹きつけてはまた一寸息をつく豪雨と烈風との響きが、家の中を満たした。二人は黙ってその音に耳を傾けながら坐っていた。山田はその時ほど目近に秀子を見たことはなかった。彼女の一挙一動は彼の心に投ぜらるる石であった。