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りゃくだつせられたるおとこ

掠奪せられたる男

豊島 与志雄

「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页

青空文庫

彼はなお歩き続けた。

その晩八時頃山田は秀子の家に辿りついた。(辿りついたというのが彼の有様を一言にしてつくす言葉であった。)彼は青い顔色をしていた。眼ばかりが妙に据って輝いていた。

「まあどうしたの。ほんとに変ね。……こちらへいらっしゃい。私の小ちゃな赤ちゃん。おっぱいあげてよ。」

秀子は山田に向って残酷なほどあでやかな笑顔を見せた。絞りの浴衣に博多の細帯をしめていた。

山田は何とも云わないで、懐から国許の電報を取り出して彼女の前に置いた。

「なあに、これ。」そう云いながら彼女はその紙片を取ったが、読み下すうちに顔色を変えた。それから暫くじっと山田の顔を見つめていたが、急に彼の膝に身を投げた。

「山田さん!」そう秀子は彼の姓を呼んだ。そして肩を震わして泣き出した。

山田は何が何やら訳が分らなかった。秀子のその急激な変化は、彼のうちに異常な混乱を起した。彼は秀子の身体に猛獣が餌物に爪を立てるように掴みかかった。

「山田さん! 私、私、あなたに恋していたのよ。許して頂戴。許して!」

そう云いながら、秀子も涙の顔を上げて山田に掴みかかった。もはやそれは愛の抱擁ではなかった。