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りゃくだつせられたるおとこ
掠奪せられたる男
豊島 与志雄
「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页
山田は妙に頭がぼんやりして来た。
「何を黙って被居るのよ。池を拵えたことはあなたにも賛成して貰えるわね。」
「ええ。初めから僕は池が欲しかったのです。」
「そうお。私もそう思っていたのよ。ほんとに妙ね。いつも私とあなたは同じようなことを思い付くわね。」
然し此度は山田は笑えなかった。いつか、リズム模様は嫌いだと云うと、いつのまにか秀子の半襟にリズム模様が消え失せてしまったり、空気草履は余りいいものではないというと、秀子はいつのまにか高めのぽくりをのみはくようになったりしたことは、まだ何でもなかった。が今は、山田に取って、秀子は余りに主権的であり、余りに彼の領地を犯すものであった。彼にはそれが、単なる媚とは思えなくなって来た。特に、夜更けの街路を歩き廻る癖までを奪われた今となっては。
そうだ、奪われたのだ。としか山田には考えられなかった。散歩の帰りなどに呼び込まれて遅くまで下らぬ話をして、やがて立ち上ろうとすると、秀子もよく外までついて来た。
「少し、歩きましょうか。ほんとにいい晩だわね。」と秀子はよく云った。
確かにそれはいい晩であった。長く雨の無い暑い日が続いた夜は、心持ちからか特に空気が澄んだように思えて、少しの風さえも肌に凉しく、月も輝いていた。