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ばんしゅうへいや

播州平野

宮本 百合子

「新日本文学」(第1~11節)、「潮流」(第16・17節)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 106,683 字 · 214 页

青空文庫

雨にうたれながら、母はお守りを貰ったり、祈祷をさせたりした。母ばかりでなく、何十人もの男女がそのあたりを右往左往しているのであった。なかには裸足で髪の上から油紙をかぶりお百度をふんでいる若い女もあった。杉の大木の梢すれすれに寄進された幾本もの祝出征の幟旗が立ち並んでいた。武運長久を願ってのことだが、五月雨に濡れそぼり、染色を流したそれらののぼり旗は暗い木下蔭で、幽霊じみて見えた。

「直次の出征のときの旗をもって来ようかと思ったが、却ってもって来なんでよかった、のう、あんた」

ひろ子の耳へ顔を近づけて母がそうささやいた。その母の一心に上気に上気した顔にかかるおくれ毛や眉毛に、雨のしずくが光った。

荷物をつめかえているひろ子は、家族的な追憶にみたされた。それは厳粛で、きびしい戦争をとおして営まれる日本の庶民のつましい生活の網目にみちているのであった。

網走へ、と思ってこの行李をつめるとき、ひろ子の胸には一筋のうたの思いがあった。選んで入れる一つ一つの布について、そのうたはひろ子の胸に鳴った。そのうたの思いは、このような形で現実の内容をもって来た。

労苦に備える勇気のこもった気持で、翌日ひろ子は街道をあちこち歩いて、移動の手続きをしたり、旅行外食券に代えたりした。