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ぎたい

擬体

豊島 与志雄

「新潮」1952(昭和27)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,945 字 · 25 页

青空文庫

石村は眼をくるりとさして、揶揄するように微笑した。

「いいことを聞かしてやろうか。君はあれからまた、今西を喜久家に連れ込んだね。」

青木は口が利けなかった。今西巻子、それは石村証券の女社員だった。

「僕が知らないとでも思ってたのか。迂濶だね。喜久家は僕がよく飲みに行く家だよ。君がいくら内緒にと頼んでも、僕の耳にはいらないわけはないじゃないか。」

「済みません。金が無かったもんですから、つい、あすこを利用する気になったんです。然し、あすこの払いは、ボーナスで済ますつもりでいます。」

「金のことは気にしなくてもいい。僕が払っておいてやった。上海にいた時と同じことさ。然し、大事なのは……。」

言いかけたままで、石村はウイスキーをなめながら考え込んだ。

上海にいた時、それは戦時中のことで、石村は特務機関の仕事をやっていた。静安寺路の可なり立派なアパートに住んで、主として隠匿物資の摘発回収に当っていた。白系ロシア人や中国人をも手先に使っていた。その当時、青木も石村の下で働いていたのである。石村はしばしば本国に往来していて、終戦の時には丁度東京に帰っていた。運がよかったのだ。