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はせくらじけん
支倉事件
甲賀 三郎
「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页
「では知らぬと云うのだな」
「知らぬ、一切知らぬ」
「よし、では今は之だけにして置く。追って取調べるから、それまでによく考えて置け」
「考えても知らぬものは知らぬ。そう/\度々呼出されては迷惑千万だ。それ以上聞く事がないなら帰して貰いたい」
「何、帰して呉れ?」
主任は憎々しげに支倉を睨んだ。
「貴様のような奴を帰す事が出来るものか。大人しく留置場に這入って居れ」
「じゃ、僕を拘留すると云うのか」
支倉は気色ばんだ。
「それは人権蹂躙も甚だしい。一体何の理由で僕を拘留するのだ。僕は正業に従事している。何一つ法に触れるような事をしていない。拘留を受ける覚えはない」
支倉は喚き立てた。
喚き立てる支倉を尻目にかけながら、大島司法主任は冷かに云った。
「貴様は道路交通妨害罪で二十九日間拘留処分に附するのだ」
「え、道路交通妨害罪?」
支倉は唖然とした。
当時警察の権限ではいかに濃厚な嫌疑者でも、訊問の為に身柄を拘留すると云う事は出来なかった。で、警察ではそういう嫌疑者に好い加減な罪名をつけて拘留するのが通例だった。
支倉の場合には殆ど理由に困って、交通妨害などゝ云う罪を附したのだが、之は全く窮余の策で、いわば人権蹂躙である。