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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

かてゝ加えて妻子の事も気に掛る。

仮令一寸逃ても何とか口を開かねば、只知らぬ存ぜぬでは、突張れない羽目となって来た。その機微を察した署長はどうしてそれを見逃そうぞ。

「さあ、真直に云うが好い。小林貞は一体どこへやったのだ」

「誠にお手数をかけました」

支倉は頭を下げながら、

「貞はいかにも私が誘拐したのです」

「うむ」

署長は大きく眼を見張って、

「誘拐してどうした」

支倉喜平は神楽坂署に捕われてから、昼夜責め問われても、只知らぬ存ぜぬの一点張りだったが、訊問こゝに一週日、彼は始めて貞の行方について口を開いたのだった。庄司署長も根岸刑事も飛び立つ思いであるが、さあらぬ体で、この先の返答をじっと待った。

「申訳ありません。売飛ばしました」

支倉は深刻な表情を浮べながら答えた。

「なに、売飛ばした」

署長は鸚鵡返しに云って、

「どこへ売飛ばした」

「上海です」

「何、上海?」

「はい」

「うん、そうか。然し、お前が直接上海へ売渡す事はあるまい。誰かの手を経たのだろうが、それはどこの何者か」

「それは忘れました」

「なに、忘れた。そんな筈はない、思い出して見よ」

「何しろ三年も前の事だからすっかり忘れて終いました」