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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

しかしそう思えば、成程思い当る事もないではない、曩日の彼の愚痴の繰り事や、其怨恨の情は歴然浮び出るのだった。其午後の事であった。署長庄司氏はいよ/\彼を検事局へ送るに就いては、一度面会して遣ってくれと頼むのであった。我れらは不承々々乍ら、それを承諾して其時間を待っていた」

読者諸君は神戸牧師の最後の一句、「不承々々ながら云々」と云う言葉に不審を起されるかも知れない。と云うのは牧師と云う者は罪を救うべき者で、ましてや平素師事されている支倉が懺悔がしたいと云うのだから、進んで聞いてやるべきではないか。

然し、私はこう思う。この不承々々と云う言葉は蓋し不用意のうちに書かれたので、何となく気が進まないと云う軽い気持を現わしたのであろう。

神戸牧師は既に諸君の知られる通り、その第一印象に於て支倉に好意を持つ事が出来なかった。小林貞の事件には止むを得ず仲裁の労を執ったが、支倉の宗教界に身を置くものに似合しからざる行為や、事件前後の彼の執った態度などには眉をひそめて、もはや支倉には関係したくないと云う気持は充分あったに相違ない。世を救い人を救う大事業に従事する宗教家は決してセンチメンタリズムに終始する事は出来ない、否、むしろ宗教家程卓絶した理性を必要とするのではあるまいか。