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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

両手を膝の上に置いて、すゝり上げる声を噛みしめながら、肩を激しくふるわせて、悲嘆に暮れているいじらしい静子の姿に、流石の庄司署長も思わず眼をしばたゝくのだった。

神戸牧師はすっかり厳粛さに打たれて終った。

彼はこの時の事をこう書いている。

「当時の署長室の三十分ばかりの光景は、我ら数人の熟視した事であって、其厳粛荘重の有様と、我ら一同の満足とは今に至るまで忘れかぬる美しい記憶である」

神戸牧師は、支倉の立派な態度に打たれて、もはや迷惑も何も忘れておもわず彼の方を向いて云った。

「頼みたい事があるなら遠慮なく云い給え。何なりとも屹度して上げようから」

支倉は牧師の方を振り向いた。彼の眼には新たなる感謝の涙が光っていた。

「有難うございます。御恩の程は忘れませぬ。もう何もお頼み申す事はありませぬ。この上は天国に生れ代って、皆様の御恩義に報います」

支倉の美しい告白の場面は之で終った。

彼は直ちに検事局に送られる事になった。

こゝに遺憾に堪えなかったのは、当時の庄司署長が年少気鋭にしてよくかの如き大事件を剔抉し得たが、惜むらくは未だ経験に乏しかったので、彼の自白に基いて有力たる証拠を蒐集する事をしないで、早くも検事局へ送った事であった。