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はせくらじけん
支倉事件
甲賀 三郎
「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页
彼はこの儘では絞首台上の露と消える外はないと自覚したので、どうかして一方に血路を開いて、この不利な形勢から逃れようと急っていた所へ、今日ふと投げて見た一石が案外、波紋を描きそうになったので、隙かさず哀訴を試みたのである。
彼の上願書と云うのはざっと次のようなものである。
判官閣下
被告は只今聞くだに恐ろしき罪名の下に拘禁されて居りますものゝ、神楽坂署にて申立ての事柄は事実無根にて、被告の犯し居ります罪に非ざれば、真の申立を為す能わず、就いては被告は前科あります事とて、此後いかに身の濡衣たる事を弁明なすも、中々容易に言い解く詮もなきことゝ思われます。被告は無罪出獄を夢みても居りませねば、豊多摩監獄に送られ、あのいやしき苦役をつとむる考えもありません。そうだからとて冤罪のために絞首台に上るも快よしとせざる者であります。此まゝ長く予審にお繋ぎ置きを願います。此後はキリスト教書籍を多く読み、陰に陽に一人なりとも主に導きたく存じます。精神の修養につとめとう存じます。ついさきごろ迄はたゞ被告は放火殺人という冤罪の下に在る事を被告の死にて証明せんものと思い、縊首を企てお上に余計な御手数を煩わし実に申訳ありません。