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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

彼は気軽に口を利いた。

「お前も気の毒だったねえ」

「いゝえ、私なんかなんでもありませんわ」

「でも、神楽坂署では随分いじめられたろう」

「えゝ、ちっとばかし」

「ちっとばかしじゃない。俺はよく知っているんだ。俺は何べんかお前の泣声を聞いたのだ」

支倉はきっとなって云ったが、やがて調子を落して、

「俺もなあ、ひどい目に遭わされたよ。刑事が交る/″\徹夜で調べるんだ。そうして得体も知れない骸骨に接吻をさせるのだ」

「えゝっ」

静子は脅えるような眼で夫を見上げた。

「どんな事があっても、身に覚えのない事は白状しない積りだったが、お前の泣声を聞くのは身を切られるより辛かったし、徹夜の訊問にはヘト/\になって終った。まゝよ、犠牲になってやれ、この家を売って妻子は困らないようにしてやるからと署長も云ったし、後の心配もないと思って、つい嘘の白状をしたのが一生の誤りだった。俺はすっかり署長に誑されたのだ。今となっては云い解く術がない」

「あなたは本当に身に覚えがないのですか」

静子は探るような目で夫を見た。

「ない。本当に少しも覚えがないのだ」

「そ、そんなら」

静子は耐らなくなって啜り上げた。