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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

一定の場所に直立すべき事を命ずるも応ぜず」

支倉は既に此時分に裁判の日に日に自分の不利なのを悟った。彼は如何にしてか死刑を逃れ、神楽坂署長以下に恨みを述べ、懐しき妻子にも会わんものと数年間果敢ない努力をし続けた。警察署長や神戸牧師に脅迫状を送ったのも一面には出獄の伝手にもしようと云う考えだった。所が、第一番に彼は最愛の妻子から背き去られた。裁判は見込がない。彼は最早死刑を逃れる事も出来ず、愛する妻子にさえ会う事は出来なくなった。此世に何の望みが残ろうぞ。こゝに彼の一念は「呪い」の一事に集中して終った。

彼はどうかして死を一刻でも逃れようとした。彼は呪いの為に生きた。生きて俺をこの窮境に陥れた奴を呪ってやろう、呪って/\、呪い抜いてやろう。あゝ、こゝに彼は正に一個の生きたる悪魔になって終った。

彼がいかに悪智恵を働かして、周囲の人を呪い苦しめたか。悪魔は悪を喰って生きると云う、彼支倉は日に日に悪を製造し、その悪を喰い、悪に肥っては更に悪を企てた。而も彼の悪は法律上の悪ではなかった。拘禁されている身に法律上の悪はあり得ない。彼の悪は恐ろしい精神上の悪で、これを加えられた人は非常な苦悩を受ける。