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ほうろうのやど

放浪の宿

里村 欣三

「改造」1927(昭和2)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,066 字 · 28 页

青空文庫

その影は初めに、幅員の広い、ゆるやかな傾斜をもった大通りの果てに――恰度オレンジ色の宏壮な中国銀行の建物の下に、ぽつんと黒い一つの点になって出現したのであるが、その黒点が太陽の熱射の中を泳いで近づいて膨らみ切った時、それは日焼けのした、埃りまびれの若者が七月の太陽にゆだり切ってよろめいて来るのだった。噛み砕いた鉛筆の末端の様に、先端のほうけたステッキに、小さな風呂敷を結えつけて、それを肩にひっ担いでいた。その詰襟の黒ぽい洋服は汗と埃りに、ぐしょぐしょになって、而も余り大きくもない体格を引きずるように持て余まして、底のあいた編上靴で埃をまきたてながらよろめいて行った。すると、恰度彼のよろめいて行くアスファルトの大通りが、やがて二つに裂けて左右に岐れていた。その岐れ目の薄馬鹿の額のように間ののびた面積が、手際よく楕円形に積土されて、プラタナスの木株が植え込まれ、その上に四五脚の広告ベンチさえ曝されていて、この不体裁な大通りの致命的な欠陥を、その工夫が危く救いあげていた。この設計技師の苦心も、商いや仕事を抛り出してベンチの上に眠むりこけている不潔な苦力や路傍商人の不遠慮な侵入に他愛もなく踏みにじられていた。