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ほうろう

放浪

織田 作之助

「文學界 第七年第五号」文藝春秋、1940(昭和15)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,399 字 · 47 页

青空文庫

匂いに感づかれぬように、人の傍によらぬことにしていたが、知れて、美津子の嘲笑いを買ったと思った。二皮目だと己惚れて鏡を覗くと、兄の文吉に似ていた。眼が斜めに下っているところ、おでこで鼻の低いところ、顔幅が広くて顎のすぼんだところ、そっくりであった。ひとの顔を注意してみると、皆自分よりましな顔をしていた。硫黄の匂いのする美顔水をつけて化粧してみても追っ付かないと諦めて、やがて十九になった。数多くある負目の上に容貌のことで、いよいよ美津子に嫌われるという想いが強くなった。

ただ一途にこれのみと頼りにしている板場の腕が、この調子で行けば結構丸亀の料理場を支えて行けるほどになったのを、叔父叔母は喜び、当人もその気でひたすらへり下って身をいれて板場をやっている忠実めいた態度が、しかし美津子にはエスプリがないと思われて嫌に思っていたのだった。容貌は第二で、その頃学校の往きかえりに何となく物をいうようになった関西大学専門部の某生徒など、随分妙な顔をしていた。しかし、此の生徒はエスプリというような言葉を心得ていて、美津子は得るところ少くなかった。√3と封をした手紙をやりとりし、美津子の胸のふくらみが急に目立って来たと順平にも判った。