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ほうろう
放浪
織田 作之助
「文學界 第七年第五号」文藝春秋、1940(昭和15)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,399 字 · 47 页
あくる日、北田は流川通の都亭という小料理屋へ世話してくれた。都亭の主人から、大阪の会席料理屋で修行し、浅草の寿司屋にも暫くいたそうだが、うちは御覧の通り腰掛け店で会席など改った料理はやらず、今のところ季節柄河豚料理一点張りだが、河豚は知ってるのかと訊かれると、順平は、知りまへんとはどうしても口に出なかった。北田の手前もあった。板場の腕だけがたった一つの誇りだったのだ。そうか、知ってるか、そりゃ有難いと主人はいったが、しかし結局は、当分の間だけだがと追い廻しに使われ、かえってほっとした。
一月ほど経ったある日、朝っぱらから四人づれの客が来て、河豚刺身とちり鍋を注文した。二人いる板場のうち、一人は四、五日前暇をとり、一人は前の晩カンバンになってからどこかへ遊びに行ってまだ帰って来ず、追い廻しの順平がひとり料理場を掃除しているところだった。主人に相談すると、お前出来るだろうといわれ、へえ出来まっせとこんどは自信のある声でいった。一月の間に板場のやり口をちゃんと見覚えていたから、訳もなかった。腕をみとめて貰える機会だと、庖丁さばきも鮮かで、酢も吟味した。