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せいじとさっかのげんじつ
政治と作家の現実
宮本 百合子
「文学」1947(昭和22)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,700 字 · 37 页
政治的に諷刺を具体化する境遇におかれていない鬱屈をそのようにあらわした。十八世紀のイギリスで、当時の上・中流社会人のしかつめらしい紳士淑女気質への嘲笑、旧き権威とその偽善への挑戦として、スウィフトの「ガリバア旅行記」が書かれた。その国で、諷刺文学がどんな形式と内容とをもって発展してきているかということは、意味ふかい観察眼である。ゴーゴリの「検察官」と「死せる魂」その他の意義はどこにあったろう。ガルシンの「赤い花」が西欧の読者の胸をうったのは、そのシンボリズムが何を語っていたからであったろう。
公然と条理をもって、しかも人間的機智と明察をもって、どこまでもユーモラスに、だが誰憚らぬ正気な状態において諷刺文学がありうる処と時代に、スカートの中を下からのぞくようなゲラゲラ笑いが、笑う人間の心を晴やかにするとは思われない。自分たちの社会主義社会を防衛するという必死の集団的行動において、おのずから英雄的であったソヴェト市民の一人のこらずが、その難の終った後、いっそう深くその行動の世界史的価値を自覚するということは期待しにくかろう。少なからぬ人にとって、それは当面したさけ難い困難・必要として全力を傾けて克服したのだが、その経験は感性的に経験されたにとどまったであろう。