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ぶんだんむかしばなし
文壇昔ばなし
谷崎 潤一郎
「コウロン」1959(昭和34)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,802 字 · 20 页
と、七子のかなり大型の両蓋の金時計を持って来て私に渡し、「麻田さん(当時の社長)にもそうたびたびはいいにくいから、これで一時都合して下さい」といったことがあった。私は見え透いた細工をされているようで不愉快であったが、急場の必要に迫られているので、仕方なくそれを受け取って、その頃一高の近所にあった、学生時代から私の行きつけの質屋に持って行き、その時計(鎖附きであったかどうか忘れた)で六十円借りた。私はそれを借りた帰りに西片町にいた長田秀雄を訪ねたが、「今樗陰のところでこれこれであった」と、多少憤慨の気味で話をすると、「樗陰も変なことをするじゃないか、僕が出して上げるからそんなものは返してしまい給え」と、秀雄が即座に工面してくれた。
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今なら自家用車というところだが、樗陰はいつも人力車であった。それも最初はお抱え俥ではなかったらしく、近所の車宿から雇っていたが、後には専用の車夫と車台を持っていた。赭ら顔の、でっぷりと太った肥大漢の彼が、颯爽と風を切って本郷の大通りを走らせて行く風貌は、往来でも一と際目立ったので、「あ、樗陰だな」と、遠くから直ぐ分った。