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しんぱん ほうろうき
新版 放浪記
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页
私は肺病で狂人じみている、その不幸な男の為めに、あのランタンの下で、「貴方一人に身も世も捨てた……」と、唄わなくてはならなかったのだ。夕暮れの涼しい風をうけて、若松町の通りを歩いていると、新宿のカフエーにかえる気もしなかった。ヘエ! 使い果して二分残るか、ふっとこんな言葉が思い出されるなり。
「貴方、私と一緒に温泉に行かない。」
私があんまり酔っぱらっているので、その夜時ちゃんは淋しい眼をして私を見ていた。
(七月×日)
ああ人生いたるところに青山ありだよ、男から詫びの手紙が来る。
夜。
時ちゃんのお母さんが裏口へ来ている。時ちゃんに五円貸すなり。チュウインガムを噛むより味気ない世の中、何もかもが吸殻のようになってしまった。貯金でもして、久し振りに母の顔でもみてこようかしらと思う。私はコック場へ行くついでにウイスキーを盗んで呑んだ。
(七月×日)
魚屋の魚のように淋しい寝ざめなり。四人の女は、ドロドロに崩れた白い液体のように、一切を休めて眠っている。私は枕元の煙草をくゆらしながら、投げ出された時ちゃんの腕を見ていた。まだ十七で肌が桃色だ。――お母さんは雑色で氷屋をしていたが、お父つぁんが病気なので、二三日おきに時ちゃんのところへ裏口から金を取りに来た。