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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

」

吉さんは、私達の前に汚れた手を出すと、

「馬鹿! 今日のは俺のセンベツだよ。」と云った。

吉さんの笑い声があまり大きかったので、櫛屋の人達もビックリしてこっちを見ている。

「じゃ何か食べましょう、私の心がすまないから。」

私は二人を連れると、広小路のお汁粉屋にはいった。吉さんは甘いもの好きだから、ホラお汁粉一杯上ったよ! ホラも一ツ一杯上ったよ! お爺さんのトンキョウな有名な呼び声にも今の淋しい私には笑えなかった。「吉さん! 元気でいてね。」時ちゃんは吉さんの鳥打帽子の内側をかぎながら、子供っぽく目をうるませていた。――歩いて私達が本郷の酒屋の二階へ帰って行った時はもう十二時近かった。夜更けの冷たい鋪道の上を、支那蕎麦屋の燈火が通っているきりで、二人共沈黙って白い肩掛を胸にあわせた。

酒屋の二階に上って行くと、たいさんはいなくて、見知らない紺がすりの青年が、火の気のない火鉢にしょんぼり手をかざしていた。何をする人なのかしら……私は妙に白々としたおもいだった。寒い晩である。歯がふるえて仕方がない。

「たい子さんと云うひとが帰らなければ私達は寝られないの?」