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しんぱん ほうろうき
新版 放浪記
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页
黒い卓子について、つまみのしその実を噛んでいると、ああ腹いっぱいに茶づけが食べてみたいと思った。しる粉屋を出ると、青年と別れて私達三人は、小石川の紅梅亭と云う寄席に行った。賀々寿々の新内と、三好の酔っぱらいに一寸涙ぐましくなっていい気持ちであった。少しばかりの金があれば、こんなにも楽しい思いが出来るのだ。まさか紳士と淑女に連れそって来た私が、お茶づけを腹いっぱい食いたい事にお伽噺のような空想を抱いていると、いったい誰が思っているだろう。順子さんは寄席も退屈したと云う。三人は細かな雨の降る肴町の裏通りを歩いていた。
「ね、先生! 私こんどの女性の小説の題をなんてつけましょう? 考えて見て頂戴な。流れるままには少しチンプだから……」
順子さんがこんな事を云った。団子坂のエビスで紅茶を呑んでいると、順子さんは、寒いから、何か寄鍋でもつつきたいと云う。
「あなた、どこか美味いところ知ってらっしゃる?」
秋声氏は子供のように目をしばしばさせて、そうねとおっしゃったきりだった。やがて、私は、お二人に別れた。二人に別れて、やがて小糠雨を羽織に浴びながら、団子坂の文房具屋で原稿用紙を一帖買ってかえる。