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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

食堂を出て動坂の講談社に行く。おんぼろぼろの板塀のなかにひしめく人の群をみていると、妙にはいりそびれてしまう。講談社と云うところはのみの巣のようだと思う。文明も何もない。只、汚ないぼろぼろの長い板塀にかこまれている。昨夜一晩で書きあげた鳥追い女と云う原稿が金に替るとは思われなくなってくる。浪六さんのようなものを書くにはよほど縁の遠い話だ。

私はねえ、下宿料が払えないのよ。この二三日、遠慮して下宿の御飯をなるべく食べないようにしているのよ。講談なんて書けもしないくせに、浪六さんを手本にして、眼を真赤にして書いてみたけれど、結局は一文にもならぬ。赤い郵便自動車が行く。とても幸福そうだ。あのなかには、沢山沢山為替がはいっているに違いない。何処から誰に送る為替か知らないけれど、一枚や二枚、ひらひらと舞い落ちて来ないものかしら。

小石川の博文館へ行く。

どうれと、玄関番が出て来そうだ。おばけ屋敷のようだ。田舎医者の待合室みたいな畳敷きの待合室に通される。いかにも疲れたような人達が思い思いに待っている。そのひとたちがじろじろと私を見ている。まるで子守っ子のような肩あげのある私を不思議そうに見ている。