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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

私は足蹴にされ、台所の揚け板のなかに押しこめられた時は、このひとは本当に私を殺すのではないかと思った。私は子供のように声をあげて泣いた。何度も蹴られて痛いと云う事よりも、思いやりのない男の心が憎かった。

毎日のように、私は男の原稿を雑誌社に持って行った。少しも売れないのだ。何だかもう行きたくなくなったのよと冗談に云った事が、そんなに腹立たしいのだろうか……。私は、どんなに辛い時だってにこにこしている事なんかやめようと思う。どうしても行きたくない事も時にはある。わけのわからぬところへ使いに行くのはがまんがならないのだ。自分で行ってくればいいのだ。私はもう、そんな辛い使いにはあきあきした。

飯も食えないのに一人前の事を云うなッと怒った。飯が食えないと云って、物乞いのような気持ちには私はなれないのだ。

火を燃やしながら、私は今度こそ別れようと思う。そのくせ、一銭も持たないで家を飛び出した男の事を考えて無性に泣けて来る。どうしているかと哀れなのだ。

道の下の鯉の池が、石油色に光っている。大家さんの女中さんらしいのがかれすすきの唄をうたって横の道を通っている。