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しんぱん ほうろうき
新版 放浪記
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页
そしてまた、なぜ、心理的研究、様子、珍奇などと小見出しを書くのでしょう。みんな単なる偽りです。見出しは出来るだけ簡単に、あなたの心の浮かんだままがよく、外のものはいけません。括弧やイタリックや、ハイフンも出来るだけ少く使うこと、みんな陳腐です。――なるほどね。私もそう思いますが、若い気持ちの中には、仲々そうはゆかない珍奇さに魅力を持つものです。でも、いまに何時か私もチエホフの峠にかかりましょう。いまに……。
思いだけが渦をなして額の上を流れる。ごうごうと音をたてて流れて行く。そしてせんじつめるところは焦々として何も書けないと云うこと。このままでは何も出来やしない。まさか、年を取ってからもカフエーの女給さんでいようとは思わない。何とか神様にお助けを願いたいものだ。ノートを出して何か書こうと鉛筆を握ってはみるけれども何一つとして言葉が浮かんで来ない。別れたひとの事が気にかかるだけだ。
さきの事は一切夢中。あのねえ、私はこんな事考えるのよと云うような小説でも書けないものかと思う……。
田舎へ帰りたくなったとおっかさんは云う。ごもっともな事です。私だって、田舎へ行って、久しぶりに、晴々とした田舎の空気を吸いたいのだけれども、こんなしがない小銭をかせいでいてはどうにもなるものではない。