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しんぱん ほうろうき
新版 放浪記
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页
本と云うものは女中風情の読むものではないと思っていたのに違いない。ありましたかと尋ねると、メダカ女史は返事もしない。ああやれやれだ。昔男ありけりだ。大した事でもない。
夜、英子さんと、英子さんの子供と三人で東京駅へ行く。汽車へ乗る事も久しぶりだけれども、何となく東京へなごりおしい気持ちなり。別れた人が急になつかしくなって来る。八十銭のボイルの浴衣がお母さんへの土産。
プラットホームはひっそりとして、洋食の匂いがしている。見送りの人もまばら。ホームを涼しい風が吹いている。流暢な東京言葉にもお別れ。横浜を過ぎる頃から車内がひっそりして来る。山北の鮎寿司を英子さんが買う。半分ずつ食べる。英子さんの旦那さんは大工さんだが無類にいいひとなり。
何ものにもとらわれる事なく、何時までも汽車旅をつづけていたいようなのんびりさだ。汽車に乗って、岡山へ帰るなぞとは昨日まで考えつかなかった事だけに愉しくて仕方がない。さきの事はさきの事で、また、何とか、人生のおもむきは変ってゆくであろう。譜面台のない人生が未来にはある。私はそう思う。自分の運命なンか少しも判ってはいないけれども、運命の神様が何とかお考えになっているのには違いない。