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いちかわくめはち

新編 近代美人伝 (下)

長谷川 時雨

長谷川時雨『新編 近代美人伝 (下)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:市川九女八、江木欣々女史、遠藤(岩野)清子、大塚楠緒子、九条武子、朱絃舎浜子、田沢稲船、柳原燁子(白蓮)、モルガンお雪。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 138,172 字 · 277 页

青空文庫

江木欣々女史

一

大正五年の三月二日、あたしは神田淡路町の江木家の古風な黒い門をくぐっていた。

旧幕の、武家邸の門を、そのままであろうと思われる黒い門は、それより二十年も前からわたしは見馴れているのだった。わたしは日本橋区の通油町というところから神田小川町の竹柏園へ稽古に通うのに、この静な通りを歩いて、この黒い門を見て過ぎた。その時分から古い門だと思っていたが、そのころから、江木氏の住居かどうかは知らなかった。

「この古い門のなかに、欣々女史がいるのですかねえ。」

連立った友達は、度の強い近眼鏡を伏せて、独り笑みをしていた。

「冷灰博士――そっちの方のお名には、そぐわないことはないけれど」

友達が言うとおりだった『冷灰漫筆』の筆は、風流にことよせて、サッと斬りおろす、この家の主人の該博な、鋭い斬れ味を示すものだった。だが、今を時めく、在野の法律大家、官途を辞してから、弁護士会長であり法学院創立者であり、江木刑法と称されるほどの権威者、盛大な江木衷氏の住居の門で、美貌と才気と、芸能と、社交とで東京を背負っている感のある、栄子夫人を連想しにくい古風さだった。