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ほうそくについて

方則について

寺田 寅彦

「理学界 第十三巻第四号」1915(大正4)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,493 字 · 17 页

青空文庫

すなわち過去において受けた取扱い如何によって種々の長さを与えるのである。一匁の分銅を一分間吊した後と、一時間あるいは一昼夜吊しておいた後とは幾分の差がある。またあらかじめ百匁を五分間吊した後十匁をかけたのと、一匁を同じく五分吊した後同じ十匁を懸けたのとでも若干の相違がある。また温度をいったん百度まで上げて十度に冷却したのと、零度から十度まで温めたのとでも同じではない。かくのごとき履歴の影響は厳密に云えばいつまでも全くは消滅しないものと考えられる。百年前の取扱いも些少ながらその印象を止めているはずである。それでただ現在の重量や温度その他の外界条件一切を羅列しても一条の弾条の長さは決定するものではない。弾条に限らずすべての弾性体の形状大小についても全く同様である。従って一つの針金の長さなどという言葉自身が既に無意味ではないまでも漠然たるものになりはしまいか。この曖昧さ加減を最も明らかに吾人に示すのは綿糸の撚り糸である。一条の撚り糸を与えられてその長さを精密に測ろうと企てた人は、ここに述べた困難を切実に味わう事が出来ようと思う。約三尺の糸は測る度ごとに一分二分、時には寸余の相違を示すのである。