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たびやくしゃのつまより
旅役者の妻より
矢田 津世子
「文学界」1934(昭和9)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,566 字 · 14 页
世の無情に泣きくれる良人をみては、わたくしとて生き甲斐のあろうはずがなく、この世への恨みつらみのありったけを日毎夜毎に愚痴って居ります内、捨てる神あれば助ける神ありとやら、この地の常磐座の持主で、鹿児島県の多額納税者である尾形というかたの奥様が旅の空で可哀そうに、とのお心からわたくし共に眼をかけて下すったのです。尾形というかたは常磐座の他に志布志というところの劇場も有って居られ、酒と醤油の醸造家でもあるそうです。奥様は、良人が常磐座で月形半平太をうって居りました時は二度も御覧になられたとか、芝居は子供の頃から好きだったとか、良人にいろいろと幕内の事どもを尋ねたりなさいました。幟があったらどんなのでも宜しいから一枚くれ、と仰言り、少々古ぼけてはいましたが、持合せの茶地に白で染め抜いた市川多賀之丞丈江を一枚さしあげたのです。奥様の悦びようといったらありませんでした。何んになさるのか、とおききすると、ただ納っておくのだ、とお笑いになるばかり。
わたくしも良人の果報を少しはねたましく思ったことでございます。
お邸には、幸い六年もいたお針さんが病気で皈った故四十人からいる雇人の縫物に困っているから気分さえよくば少しずつお針をしてくれ、それに良人は良人で庭の手入れの方でも手伝って貰うから安気に住みこんで貰いたいとの