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ひめくり

日めくり

壺井 栄

「群像」1963(昭和38)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,884 字 · 34 页

青空文庫

乗っていた時間は十五分ぐらいなのに、妻はひどく疲れを感じていた。久しぶりのバスに酔ったのかもしれない。ふとった妻はゆっくりと、停留所わきの丸い花壇に近づいてゆき、コンクリートの縁に腰をおろした。思わずためいきが出た。

「気分わるいのか」

よってきた夫が不きげんに聞く。だまってうなずくと、

「だから遠慮せんと、ハイヤー呼べばよかったんだよ」

こんなときすぐ声がとがるのが夫のくせである。以前の妻ならすぐまにうけて、

――云ってもしようのないこと。よしてよ。

とつっかかっていったものだ。そして話はだんだんもつれてゆき、日ごろの不平不満を投げつけあうことになる。

それが夫のくせであり、いたわりでさえあることに気がつくまでに四十年かかった。と妻は思いながら、

「ごめんなさい、もう大丈夫」

立ち上ると、その妻の片腕を小脇にかかえこむようにして、

「大丈夫か。ゆっくり、歩こうよ」

と夫の声は急にやさしい。病院へいくには、目の前の広場を横ぎってから、妻の足では十五分ほど歩かねばならない。その道のりを、腕をくんで歩いていくつもりなのだろうか。つい最近まで肩を並べて歩くのさえてれていたのに、病後の足の弱った妻をみては、そんな恥じらいの気もちも失せてしまったのか。