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せいざ
星座
有島 武郎
1922(大正11)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,460 字 · 235 页
おぬいはとうとうそっと起き上った。そして箪笥の上に飾ってある父の写真を取って床に帰った。父がまだ達者だったころのもので、細面の清々しい顔がやや横向きになって遠い所をじっと見詰めていた。おぬいはそれを幾度も幾度も自分の頬に押しあてた。冷たいガラスの面が快い感触をほてった皮膚に伝えた。おぬいはその感触に甘やかされて、今度は写真を両手で胸のところに抱きしめた。
涙がまた新たに流れはじめた。
二度と悪夢に襲われないために、このままで夜の明けるのを待とうとおぬいは決心した。
夜は深いのだろう。母の寝息は少しも乱れずに静かに聞こえつづけていた。おぬいはようこそ母を起さなかったと思った。
* * *
夜学校を教えるために、夜食をすますとすぐ白官舎を出た柿江は、創成川っぷちで奇妙な物売に出遇った。
その町筋は車力や出面(労働者の地方名)や雑穀商などが、ことに夕刻は忙がしく行き来している所なのだが、その奇妙な物売だけはことに柿江の注意を牽いた。
鉢巻の取れた子供の羅紗帽を長く延びたざんぎり頭に乗せて、厚衣の恰好をした古ぼけたカキ色の外套を着て、兵隊脚絆をはいていた。