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せいざ
星座
有島 武郎
1922(大正11)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,460 字 · 235 页
のみならず、彼は吸い寄せられるように、遊廓に沿うて流れている溝川の方へとだんだん寄っていって、右手の爪を血の出るほど深くぶつりぶつりと噛みながら少し歩いては立ち停り、また少し歩いては立ち停った。そしてとうとう一本だけ渡してある小さな板橋の所に来て動かなくなってしまった。
柿江は自分をそこに見出すと、また窃むようにきょときょととあたりを見廻した。人通りはまったく途絶えていた。そこいらには煙草の吸殻や、菓子の包んであったらしい折木や、まるめた紙屑や、欠けた瀬戸物類が一面に散らばっていた。柿江はその一つずつに物語を読んだ。すべてがすでに乱れきった彼の心をさらにときめかすような物語だった。
突然柿江は橋の奥の路地をこちらに近寄ってくる人影らしいものに気がついた。はっと思った拍子に彼は、たった今大急ぎでそこに来かかったのだというような早足で、驀地に板橋を渡りはじめていた。そして危くむこうからも急ぎ足で来る人――使い走りをするらしい穢ない身なりの女だったが――に衝きあたろうとして、その側を夢中ですりぬけながら、ガンベといっしょに来た時のように制帽を懐ろにたくしこんだ。