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えいがとらいのもんだい

映画と癩の問題

伊丹 万作

「映画評論」1941(昭和16)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,941 字 · 10 页

青空文庫

また、八十八カ所の霊場である石手寺の参道には両側ともびっしりと乞食が坐っていたが、その大半は癩者であった。彼らが参詣人から与えられる小額の銅貨を受け取るため、絶えず前に突き出している手にはほとんど五指がなかった。我々はそれを見るのがいやさに、この参道を駆け抜けるのが常であったが、あとで生姜を見るたびによくその手を思い出した。そして石手という地名は我々の間ではしばしば癩の隠語として用いられるようになった。

このような環境に育った我々が、ややもの心がついてくるにしたがって、いやおうなしに癩の運命について考えさせられたことは少しも不思議ではない。そればかりでなく、我々が人生について、宗教について、恋愛について考え始めると、癩はいつも思考の隙間隙間へ忍び込んで、だまって首を振っているようになった。そして癩は機会のあるごとに我々の耳へ口を寄せ、こういってささやく。「おれを肯定しないで人生を肯定したって、そんなのはうそっぱちだよ」と。

かくて、いまや我々は癩というものを単なる肉体の病気の一種としてのみ理解しているのではない。むしろ人生における、最も深刻なる、最も救いのない不幸の象徴として理解しているのである。