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えいが

映画

宮本 百合子

「若草」1937(昭和12)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,466 字 · 6 页

青空文庫

私は特別にその映画を目ざして行ったのではなかったが、観てもいいという心持で、列の最後の方にまわって傘をさしたまま往来に立っていた。

「ちょいと、まだ大丈夫よ! ホラ、見なさいってば……」

その横丁へどこかの家の裏口が向っていて、そこのガラス戸が開き、そこから女の首がのぞき、高い声で姿の見えない誰かに云っている。その女の顔は、うしろから灯かげがさしてアスファルトの上に落ちているから、こっちからは見えない。

一番おしまいであった私の後に、若くもない男が又来て列についた。人数は疎らだのに、さしている傘ばかりが重なり合うようで、猶暫く立っていたら、その横丁へ自動車が入って来て、おとなしい人の列を道路に沿ってたてに押しつけてしまった。

私は、一人でそんな風にして偶然映画を観ることがよくあるが、その気分は気のあった友達とつれ立ったりして観る時とまるきり違って面白いものがある。

何年も前モスクワに暮していた時分には、よく夜ひとりで近所の映画を観た。部屋に友達を一人でおいてやるためには外へ出なければならなかった。あっちは一時間半ぐらいで循環する。私のよく行ったところは小さい映画館だもので、下の食糧品店は夜になるとすっかり暗く閉っている。