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はるのしゅぜんじ

春の修善寺

岡本 綺堂

「読売新聞」1918(大正7)年1月27日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,749 字 · 8 页

青空文庫

その黄い渦が今は仄白くみえるので、あたりがだんだんに薄暗くなって来たことが知られた。汽車の天井には旧式な灯の影がおぼつかなげに揺れている。この話が済むと、その人は外套の羽をかきあわせて、肩をすくめて黙ってしまった。私も黙っていた。

三島から大仁までたった小一時間、それが私に取っては堪えられないほどに長い暗い佗しい旅であった。ゆき着いた大仁の町も暗かった。寒い風はまだ吹きやまないで、旅館の出迎えの男どもが振照す提灯の火のかげに、乗合馬車の馬のたてがみの顫えて乱れているのが見えた。わたしは風を恐れて自働車に乗った。

修善寺の宿につくと、あくる日はすぐに指月ヶ岡にのぼって、頼家の墓に参詣した。わたしの戯曲『修禅寺物語』は、十年前の秋、この古い墓のまえに額ずいた時に私の頭に湧き出した産物である。この墓と会津の白虎隊の墓とはわたしに取って思い出が多い。その後、私はどう変ったか自分にはよく判らないが、頼家公の墓はよほど変っていた。

その当時の日記によると、丘の裾には鰻屋が一軒あったばかりで、丘の周囲には殆ど人家がみえなかった。墓は小さい堂のなかに祀られて、堂の軒には笹竜胆の紋を染めた紫の古びた幕が張り渡されていて、その紫の褪めかかった色がいかにも品の好い、しかも寂しい、さながら源氏の若い将軍の運命を象徴するかのよう