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はるのとうぞく

春の盗賊

太宰 治

「文芸日本」1940(昭和15)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,212 字 · 58 页

青空文庫

私は作品に於いてよりも、実生活に就いて、また、私の性格、体質に就いての悪評に於いて、破れかけたのであるから、いま、ひとつのフィクションを物語るにあたっても、これだけの用心が必要なのである。フィクションを、フィクションとして愛し得る人は、幸いである。けれども、世の中には、そんな気のきいた人ばかりも、いないのである。

私は、実はこの物語、自身お金に困って、どろぼうを致したときの体験談を、まことしやかに告白しようつもりでいた。それは、たしかに写実的にて、興深い一篇の物語になったであろう。私のフィクションには念がいりすぎて、いつでも人は、それは余程の人でも、あるいは? などと疑い、私自身でさえ、あるいは? などと不安になって来るくらいであって、そんなことから、私は今までにも、近親の信用をめちゃめちゃにして来ている。私などは、無実の罪で法廷に立たせられても、その罪に数十倍するくらいの、極刑に価いするくらいの罪状を、検事にせつかれて、止むなく告白するかも知れない。もとより無形の犯罪であるが、そのときの私の陳述が、あまりにも微に入り細をうがって、いかにも真に迫っているものだから、検事はそれにて罪状明白、証拠充分ということになって、私は、ばかを見るかも知れない。