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はるのとうぞく

春の盗賊

太宰 治

「文芸日本」1940(昭和15)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,212 字 · 58 页

青空文庫

「どろぼう?」あさましいほどに、舌がもつれていて、そのまま、ぺたりと坐ってしまった。

「そうだ。たしかに、いたのだ。」家内の恐怖の情を見て、たちまち私は、それに感染してしまったのである。歯の根も合わぬほどに、がたがたと震えはじめた。はじめて、人心地を取りかえしたのかも知れない。それまでは、私は、あまりの驚愕に、動顛して、震えることさえ忘却し、ひたすらに逆上し、舌端火を吐き、一種の発狂状態に在ったのかも知れない。「たしかに、いたのだ。たしかに。まだ、いるかも知れない。」

家内は、私が、畳のきしむほどに、烈しく震え出したのを見て、かえって自分のほうは落ちつきを得た様子で、くすくす無理に笑い出し、

「かえりましたよ。あたし知っている。あなたが、ばかッと、どろぼうを大声でお叱りになったでしょう? あのとき、あたし眼をさましたの。耳をすまして、あなたのお話を聞いていると、どうも相手は、どろぼうらしいのでしょう? あたし、だめだ、と思ったの。死んだようになって、俯伏のままじっとしていたら、どろぼうの足音が、のしのし聞えて、部屋から出て行くらしいので、ほっとしたの。