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しょうわのじゅうよねんかん

昭和の十四年間

宮本 百合子

「日本文学入門」日本評論社、1940(昭和15)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,356 字 · 69 页

青空文庫

がわがものとして身につけようとしたその日本らしい影響は、過去にそれらの流派を生み出した文化伝統を持たないと同時に、プロレタリア文学に対立したものとして自身を規定したことから、流派として短い命しかもち得なかったことも理解される。昭和という年は、文学史の最初の頁を芥川龍之介の自殺(昭和二年)によって開いた。

大正の前半期に文学の同世代として衆目を引く出発をした芥川龍之介は、他の同輩菊池寛や久米正雄のようにそれぞれの才能の易きについて大衆文学へ移ることをしなかった。プロレタリア文学の擡頭に対しても「この頃やつと始まりしは、反つて遅すぎる位なり。」「蒼生と悲喜を同うするは軽蔑すべきことなりや否や。僕は如何に考ふるも、彫虫の末技に誇るよりは高等なるを信ずるものなり。」と感じつつも「プロレタリアは悉く善玉、ブルジョアは悉く悪玉とせば、天下はまことに簡単なり。簡単なるには相違なけれど、――否、日本の文壇も自然主義の洗礼は受けし筈なり。」とし、更に一転して「ひとり芸術至上主義者に限らず、僕はあらゆる至上主義者、――たとへばマッサアジ至上主義者にも好意と尊敬とを有するを常とす」