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ばんきく
晩菊
林 芙美子
「別冊文藝春秋」文藝春秋、1948(昭和23)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,998 字 · 32 页
家庭的な女と云う事はきんには何の興味もないのだ。結婚をしようなぞと思いもしない男に、家庭的な女として媚びてゆくいわれはないのだ。こうしたきんに向って来る男は、きんの為に、いろいろな土産物を持って来た。きんにとってはそれが当り前なのである。きんは金のない男を相手にするような事はけっしてしなかった。金のない男ほど魅力のないものはない。恋をする男が、ブラッシュもかけない洋服を着たり、肌着の釦のはずれたのなぞ平気で着ているような男はふっと厭になってしまう。恋をする、その事自体が、きんには一つ一つ芸術品を造り出すような気がした。きんは娘時代に赤坂の万竜に似ていると云われた。人妻になった万竜を一度見掛けた事があったが、惚々とするような美しい女であった。きんはその見事な美しさに唸ってしまった。女が何時までも美しさを保つと云う事は、金がなくてはどうにもならない事なのだと悟った。きんが芸者になったのは、十九の時であった。大した芸事も身につけてはいなかったが、只、美しいと云う事で芸者になり得た。その頃、仏蘭西人で東洋見物に来ていたもうかなりな年齢の紳士の座敷に呼ばれて、きんは紳士から日本のマルグリット・ゴオチェとして愛されるようになり、きん自身も、椿姫気取りでいた事もある。