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ばんさん

晩餐

素木 しづ

「文章倶楽部」大正6年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,410 字 · 7 页

青空文庫

首をかたむけて眼を伏せながら、そして、そこにはたゞ静かななつかしみと、許しとが彼等をつつんでゐるやうに見えた。そしてまたそこには深い/\安らかさが彼等のすべてに表はれてゐるのであった。

世の中の總ての事、人生は過去るであらう。そして過去った其日に初めて總てが、總ての事が懐しみと許しとに変る事だらう。そして其時彼等は永久に夜の様な安息の前にあるのであった。

遠い絵が暗く静かに、彼女の眼の底に映ってゐた。また瞳の底を通して遠く未来に、淋しい安らかさを持って、その絵が見えるのであった。若い彼女は一人で淋しいひそかな溜息をついた、そして、とり散らされたテーブルの上と、夫と子供の顔をちらと見ながら黙ってゐた。

『どうして黙ってるの。』男は、ふと不思議さうに女の顔を見て声をかけた。彼女は、あわてゝなにかを云はうとしたが、一口には何事も云ひかねて黙ってしまふと、再びその眼が遠く走ってしまった。そして彼女は、また幻の絵を見たのだった。彼女は、その時はじめて戸の外の嵐の音を、静かに耳にした。彼女はなにも云はずにゐた。

さうだ。あの日があるのだ。あのすべてがなつかしみと許しと、安らかさに変る日があるのだった。