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けいきのこちらがわ
景気のこちら側
山本 周五郎
「朝日新聞」1959(昭和34)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,530 字 · 3 页
た。その芋はその子のこぶしよりずっと大きく見えたのに、なんの苦もなく小さな口へすぽっとはいってしまい、四つぐらいの子は泣き声をあげながらむしゃぶりついて、おれの芋だとわめきたてた。
「なにをばたばたあばけてるだ」と母親がしかった、「なにがどうしたのさ」
五歳くらいの子が即座にいった、「おれの芋をよこせっていうんだ」
いまほうりこんだ芋はどうなったのか、口の中にはなにもないような、はっきりした言葉であった。母親は泣き声をあげている小さいほうのほおを、平手でかなり強くたたいた。
「このずくなし」と母親はいった、「兄のくせに弟の物を欲しがるまぬけがあるか」
五つくらいにみえるほうが弟だったのである。四歳くらいにみえる兄はべそをかき、車の中の幼児はよだれにまみれた顔を芋だらけにして、うなったり、じれて暴れたりしていた。
その女はかれらを、託児所へ預けることもできないのだろうか。もしも夫がなく、ほかに頼る者もなく、小さな四人の子を、自分ひとりで育てながら生きてゆくとしたら、夜半の寝ざめなどにどんなことを思うだろうか。
あまてらす景気のこちら側には、これよりもっと悲惨な、救われがたい人たちが数えきれないほどいる。