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くらがりのおとまつ

暗がりの乙松

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1936(昭和11)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,992 字 · 25 页

青空文庫

二

そのとたんに、隣の部屋の障子が明いてすっと手が出る、素早く三次の腕を掴むと、

「若いの、こっちへ入んねえ」

云いさま、ぐいと引入れて後手に障子をぴたりと閉す、顎をしゃくって、

「そこへ坐れ」

と有明行燈の前の座蒲団を示した。

二

年は四十一か二であろう、浅黒い顔に眉の濃い、眼にちょっと凄みはあるが唇元の緊まった品のある顔つき、宿の浴衣に結城の藍格子の丹前を重ねて、夜具をはねた寝床の上へどっしりと坐ったところは、どうして立派な大所の旦那というかっこうである。

枕もとには寝酒の支度ができていて、その向うに将棋盤があった。どうやら今まで独り指しを娯んでいたらしい。

「まあ一杯やんねえ」

男は落着いた手つきで盃をさした。

「へえ――」

「落着かなくちゃいけねえ、もうすぐ検めに回って来るぜ。さあ」

「頂戴いたします」

三次は盃を額へもっていった。男は酒を注いでやりながら、じっと三次のようすを見戍っていたが、飲終って返す盃を膳の上へ置くと、将棋盤を二人のあいだへ引寄せて、

「お前指せるか」

「へえ、ほんの真似だけで」

「検めの眼眩しだ、真似でいいからやんな、ちょうど寄せにかかるところで、こっちゃあこの角を切っていく手だ……おっ、来たぜ」