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くらがりのおとまつ

暗がりの乙松

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1936(昭和11)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,992 字 · 25 页

青空文庫

「そうかい、それは御苦労だったな」

亭主は慇懃に挨拶をして立去った。

どうなることかと、腋の下へ冷汗をかいていた三次は、検めの人声が遠ざかり、やがて階下へ消えて行くと、いきなり座蒲団から滑下りて両手をついた。

「ありがとう存じます、お蔭で危いところを助かりました、暗がりの親分――」

「何だと?」

男の眼がぎらりと光った。

「お怒りなすっちゃあ困ります」

三次は声をひそめて、「あっしが仕事をしようと、部屋をぬけ出すたびにお唄いなすった薗八節、しかも文句はきりぎりす……三年まえに江戸から足をお抜きなすった、暗がりの乙松親分が御自慢の唄、江戸八百八町、今でも知らねえ者あごさんせん」

「そうかえ。薗八のきりぎりす、そんなに名が通っていたかえ、そいつぁ大笑いだ」

「あっしゃあまだ駈け出しで、野火の三次という者でござんすが、――改めて親分にお願えがござんす」

「何だかいってみねえ」

「こんなけちな青二才でお気にゃ召しますめえが、どうか子分にしてやっておくんなさい、お願え申します」

「ふっふ、いまの腕でか――?」

「今なあまったくどじを踏みやした、その代り今度は外れっこのねえ仕事をお眼にかけやす、それを手札代りにどうか」