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ダーク・ミニスター

暗黒公使

夢野 久作

「新作探偵小説全集 全九巻」1933(昭和8)年1月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 214,561 字 · 420 页

青空文庫

だからこんな風に苦心をする事になるのである。)

ところで、こんな事を考えてそこいらを見まわしているうちに、私は、今朝役所を出てからここへ来る間の二三時間というもの、一服も煙草を吸わなかった事を思い出したので、ポケットから敷島を出して口に啣えた。すると今度は燐寸のない事に気が付いたので、ボーイを呼ぶ迄もなく、自分で立ち上って室の中を探しまわったが、灰落しには吸殻が山のように盛り上ったまま、どの机の上にも置いてあるのに、燐寸は生憎一個もない。大方昨夜の客人が持って行ったものであろう。

私は大きな声を出してボーイを呼んだ。けれども返事すら聞えなかった。この時にやっと珈琲を挽き出した電気モーターの音に紛れたのであろう。

煙草を吸う人は皆経験しているであろうがこんな時には燐寸一本のために、大の男が餓鬼道に墜ちるものである。私はもう本職の仕事を忘れてしまった真剣さで、そこいら中をぐるぐる探しまわっていると、ふと隣の室のマントルピースの上に、小さな黒い箱のようなものが載せてあるのを見付けた。

私は占めたと思った。これこそ燐寸……と思って近付いてみると豈計らんや、それは燐寸ではなくて黒い表紙の付いた小型の聖書であった。