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ダーク・ミニスター
暗黒公使
夢野 久作
「新作探偵小説全集 全九巻」1933(昭和8)年1月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 214,561 字 · 420 页
さてその時の夫の申条、または私の返答致しました模様などは皆、妾の愚痴がましく相成りますから、ここには略させて頂きます。けれどもその結果、前に申上げました或る事情のために私の不貞を疑っておりました夫は、初めてその非を悟りましたものか、一言も物を申し得ぬように相成りまして、そのまま味気なく別れる事になりましたが、それから二三日の間と申すもの夫は一度も帝国ホテルに姿を見せませず、どこへか姿を晦ましてしまいました。
妾はそれと知りましてどう致したらよいものかと、毎日時雨勝ちの空を眺めて思案に暮れておりました。ほとんど食事も進みかねておりましたのでございますが、その折柄、去る九日の午前出勤中に外務省の機密局長M男爵閣下宛、配達致して参りました封書中に、夫の筆跡に相違ない無記名のもの一通を見付けましたので、思わず胸を轟かせました。そうしてその手紙をこっそりと自分の室に持ち帰りまして秘密に開封して読んでみますと、これこそ妾の夫志村がM男爵閣下に、J・I・Cの暗号基帳と、団員の名簿を手交致しますために、大森の山王茶寮で当夜の九時にお眼にかかりたい云々と認めました約束の文書でございまして見るも胸潰るる恐ろしい内容でございました。