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あらしのなか

暴風雨の中

山本 周五郎

「週刊朝日新秋読物号」朝日新聞出版、1952(昭和27)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,339 字 · 30 页

青空文庫

男はこっちへ来た。三十五六の小柄な男だった。柄は小さいが骨太で、がっちりしていた。手足も太く、指はごつごつしているが、どこかに敏捷な、ばねのような強靱なものが感じられた。毛深いたちらしい、頬から顎にかけて硬そうな無精髭が伸びていた。唇は厚く、角張ったまるい顔の中で、小さな細い眼がするどく動いた。その眼はねばり強く、どんなことにもめげない光りを帯びていた。

「おらあ親方なんて者じゃあねえ」三之助が云った、「またこれはおれの家じゃあねえ、ちっとも遠慮することなんかねえんだ」

男は三之助と斜交いに坐った。それから莨入と燧袋を出して、煙草を吸いつけた。

「こんな処に家があるとは気がつかなかった」男が云った、「いったいどんな人の家なんだね」

「船七の隠居所さ、隠居所で、客の会席にも使ってたんだ」

「船七ってえと、大橋の脇の船宿かね」

「おしげってえ看板娘がいる、おめえ知ってるんだろう」

「おらあ」男は煙草に噎せた、「おらあ、船七って名だけは知ってるが、……千住大橋の脇にそんな船宿があるってことは聞いていたがね」

風で激しく雨戸が鳴り、男の言葉は聞えなくなった。三之助はほどけかかっていた三尺帯を巻き直し、そこへ寝ころんで肱枕をした。