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しょきかん

書記官

川上 眉山

「太陽」1895(明治28)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,182 字 · 36 页

青空文庫

鋼雄は黙して俯向きぬ。光代は摺り寄って顔を覗き込み、美しき手を膝に掛けて、あなたはそんなにもお帰りなさりたいの。

鋼雄は見もやらずなお口をつぐみぬ。それならばと光代はあどけなく、いっそ私を連れて行って下さいますか。え。と顔を近づけて、ねえ、連れて行って下さいな。

うむ、いっそ、両人帰ってしまおうか。とにわかに首を上げたる綱雄の眼には、優しき光の同時にひらめきしが、瞬く間もなく本に返りて、いや、そうでない。お前はまあいて上げるがいい。

あらいや、またそんなことをおっしゃるんだもの。ようござんす。私は一人で帰ってしまいます。

どうせ任せた蔦かつらと、田舎の客の唄う濁声は離れたる一間より聞えぬ。御療治はと廊下に膝をつくは按摩なり。

*    *    *

綱雄は折れずついに帰りぬ。さすがに一封の手紙を残して、筆に心を知らせたるまま、光代にも告げず善平にも告げず、飄然として梅屋を立ち去れり。雲は行き水は走りて、車はこの山にさらばの響きを残せしが、消えて失せにき。

五

勇み立ちたる声のいとど喜ばしげに、綱雄綱雄と室の外より呼ばわりながら帰り来るは善平なり。