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つきかげ

月かげ

豊島 与志雄

「婦人公論」1924(大正13)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,867 字 · 14 页

青空文庫

「おや、もう夜が明けるんだね。」

思わずそう云ったので、皆立ってきて外を眺めた。雲にさしてる明るみがぼーと仄白くて、今にもそれがだんだん薔薇色に染ってきそうだった。

「だって、まだ二時半じゃありませんか。」

時計を見ると実際二時半にしかなっていなかった。それにしても外の黎明は不思議だった。

「それじゃ、月が出るのかも知れないわ。」

その声をききつけて、先程から卓子に一人残っていた彼が、不意に大きな声を出した。

「月が出るんですって。」

そして彼は、五円紙幣を一枚其処に投り出して、挨拶もせずに外へ飛び出してしまった。

私は何だか妙にびっくりして、急いで勘定を払って、にっこりしたお光の頬辺に笑顔で応じながら、彼の後を追っかけて外に出た。

彼の姿はもう何処にも見えなかった。かすかに露を含んだ爽かな夜気が、酒にほてった肌に快かった。月かげの淡くさしてる綿雲を見い見い、私は恰も夢の中にでもいるような気持で、寝静まってる街路を歩き出した。