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つきとてぶくろ
月と手袋
江戸川 乱歩
「オール讀物」文藝春秋新社、1955(昭和30)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,541 字 · 80 页
「花田さん、僕の負けです。皆さんに余計なご苦労をかけたことをお詫びします。しかし、最後にひとことだけ、申上げたいことがあります。あなた方のやり方は、からだの拷問ではありませんが、心の拷問でした。拷問は決してフェアなものではありません。もっと強く云えば、卑怯な手段です。僕はこのことを、明智さんにお伝え願いたいと思うのです」
それを聞くと、花田はちょっと困ったような顔をして考えていたが、すぐに穏やかな表情に戻った。
「それは多分、君のまちがいですよ。なるほど僕は、いろいろな手段によって、君に心理的な攻撃を加えました。それは止むを得なかったのです。君のトリックが余りに巧妙であって、物的証拠が一つも挙がらなかった。しかし、そのまま手を引いてしまったのでは、罪あるものを罰し得ないことになります。そこで心理的な手段を用いるほかはなかったのです。しかし、この心理攻撃はいわゆる拷問とは全く性質がちがいます。拷問というのは、その呵責のつらさに、罪のないものでも、虚偽の自白をする場合の起り得るような責め方です。肉体上の拷問がこれに当ります。また被疑者を一昼夜も二昼夜も眠らせないで、質問責めにするという類の調べ方、これも拷問です。