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ぼうがくととうきょう
望岳都東京
木暮 理太郎
「霧の旅」1934(昭和9)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,243 字 · 61 页
浅間山の三角点は丁度頂上の左の肩の突端に位している、即ち二千四百九十三米の地点で、絶頂より五十米ほど低い。五月頃になると雪がむら消えして、玉の膚にも奇怪な竪縞が幾つか現れる。東南面が殊に甚しく、中にも弥陀ヶ城岩のあたりに現れるものは、濃藍色の帯のように幅が広い。浅間と笠山との間に低く頭を擡げているのは、地質の上から名高くなった御荷鉾山の連嶺である。凌雲閣から望むと西御荷鉾は笠山に隠れて、東御荷鉾の頂上から右の斜面へかけて見えるだけだ。愛宕の塔からは浅間山しか見えない。山崎博士が荒船山と推定されたのは或は雨降山の事であったかも知れぬ。
アソという語は馬来語の烟を意味する言葉で、阿蘇浅間は皆同一語原から来たものであるというような記事を何かで読んだことがあると覚えている。果してそうであるとすれば、富士山の浅間神社も其本体は火山を崇めたものなのであったろう。そしてフジはアイヌ語の火を意味する語であるそうだから、アイヌ語の富士は山の名となり、馬来語の浅間は神社の名となって、センゲンと音読され、茲に富士浅間大明神なる熟字が出来上ったものであろう。上信界の浅間山なども昔の人が火を崇めた習慣からでもあろうか、随分古くから可なり多くの登山者があったものらしい、『当代記』