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あさのかぜ

朝の風

宮本 百合子

「日本評論」1940(昭和15)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,605 字 · 31 页

青空文庫

それを眺めながらサヨは、ふとある婦人作家の小説の中に描かれていた一つの情景を思い出した。それは、何年も一緒に暮した良人と愛の破綻からわかれなければならないことになった若い女が、女友達とつれだって、秋の西日のさす丘の上の町を家さがしに歩きまわっている場面であった。一つ角を曲って新しい道へ出たと思うと、やっぱりそこには西日の照る前のつづきの通りがある。散々歩いても一人の若い女が子供をつれて新しい生活を営むべき貸家は見つからないで、夕暮木犀の花の下をくたびれて歩いているとき、その若い女が覚えず洩らした深い歎息は、ああ、こんな思いまでしなくちゃならないものなのかしらという謙遜なひとことであった。しかしそのひとことには、女が生活の中で負ってゆかなければならないすべての意味がこめられているようで、その情景からはサヨの心に刻まれたものが深くあった。女が自分から自分の生活への態度として一軒の家をも持ってゆくようになるその過程で女は実にどれほどのことを学ばなければならないだろう。

友子が、

「ああそうそう、乙女さん、あなたのところへよりましたか」

ときいた。

「いつ?」